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奏楽堂コンサート

<第22回奏楽堂コンサート>上野ロータリークラブ奏楽堂コンサート

曲目解説  北川森央(フルート奏者、音楽博士、東京藝術大学博士後期課程修了)

モーツァルト至高の室内楽の一夜

今夜お届けする3曲は、どれもモーツァルト(1756-1791)の室内楽の代表作で、そこにはモーツァルトの音世界の魅力の全てが詰まっているといっても過言ではありません。 高貴さと馴染みやすさ、若々しい力強さと晩年作品に見られるような澄み切った諦観、光と影、ヴィルティオーゾと調和、一見相反するかのような要素が、モーツァルトの世界においては同居し、組み合わされ、我々を至福の非日常の世界へ誘ってくれます。

セレナード G-dur K525 『アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク』

フルート四重奏曲 D-dur K285

クラリネット五重奏曲 A-dur K581

♪ セレナード G-dur K525 『アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク』

 アイネ・クライネ・ナハトムジーク。訳すと『小夜曲』という、ちょっとお洒落な感じの名前です。これはモーツァルトが1887年に自作品目録に自ら書き込んだ名称で、他に同じ名前をもつ曲はありません。モーツァルトの代表作で、知らない人はいないほどの人気曲となっています。映画『アマデウス』の始めの場面で、晩年の元宮廷楽長サリエリが、自分の作曲した当時の人気曲をいくら弾いて聞かせても相手は一曲も知らなかったのに、この曲の出だしをちょっと弾いてみせると、「ああ、これは知っている!」という反応をするのです。

 この曲には謎が2つあります。最大の知名度を持つ名曲ですが、各楽器一人の室内楽というより、元々は弦楽オーケストラのために作曲されたのであろうという事以外、一体どのような機会のために作曲されたのはわかっていません。もうひとつは、本来このようなスタイルの曲には、舞曲のメヌエット楽章は2つあるはずなのですが、この曲には1つしかありません。自筆譜から、本来第2楽章になるべき部分が切り取られているのです。一体誰が、なんのために切り取ったのでしょうか。ヨーロッパのどこかの部屋の机の引き出しに、切り取られた幻の第2楽章がまだ隠されているかもしれません・・・。

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♪ フルート四重奏曲 D-dur K285

 モーツァルトは「青春の旅」(1777-1779)ともいわれる、就職活動を目的としたパリを目指す大旅行の途中でプファルツ選帝侯領の首都マンハイムに滞在しました。1777年12月に、マンハイム宮廷楽団のフルートの名手ヴェンドリングから、裕福なアマチュアの音楽愛好家、ドジャンを紹介され、「小さな、軽い、短い協奏曲3曲と四重奏曲2曲を作曲すれば200フロ−リン支払う」という注文を受けたのです。モーツァルトにとって、この注文は都合のよいものでした。というのも、就職できる見込みの薄いマンハイムをはやく離れ、パリへの旅行を続行するよう息子に命令する父親のレオポルドに対し、この仕事に取り掛かることで、多くの理解者と共演者に恵まれたマンハイムの地にとどまる口実を得ることが出来たからです。この曲の自筆譜には、「1777年12月25日、マンハイムで」と書かれています。

 作曲された時期から見て、この曲が前述のドジャンの注文にこたえる為に作曲された1曲であることは確実です。この四重奏曲はモーツァルトの、他のフルートを独奏楽器とする室内楽曲や協奏曲と比べても、端的にいえば技術的に難しい箇所の多い曲になっています。ドジャンの注文にこたえたとは言え、身近にいた当代きってのフルートの名奏者、ヴェンドリングの影響を強く感じる作品となっています。第1楽章の後半に出てくる、長い16分音符のパッセージ、3度のクロスを構成しながらの上昇、下降などは、フルートの曲ではこのD-durの四重奏曲の他、G-durの協奏曲でのみ見られる特徴です。モーツァルトらしい「歌うアレグロ」の第1楽章、弦楽器がピチカートで伴奏するセレナード風の美しい第2楽章、半終止から一瞬のお休みを経て始る第3楽章は伸びやかに歌うロンド形式となっています。フルート四重奏曲というジャンルの中の代表作ともいえる名曲です。

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♪ クラリネット五重奏曲 A-dur K581

 天才作曲家とクラリネットの名手が出会って生まれたものは、音楽史に残る名曲でした。

 クラリネットは18世紀初めに発明された新しい楽器です。モーツァルトは若い頃からこの楽器をオーケストラで使用してきましたが、1784年頃、ウィーン宮廷楽団の名手で、モーツァルトとはフリーメイソンの盟友でもあったアントーン・シュタードラーに知り合ってから、クラリネットの真の魅力に触発された数々の名曲を生み出しました。このクラリネット五重奏曲K581のほかにも、最高傑作の一つで、死の2ヶ月前に書かれたクラリネット協奏曲K622、またセレナード『グランパルティータ』K361、交響曲第40番K550のクラリネットの入る第2稿もシュタードラーが参加するために書き直 したと言われています。また最後のオペラ『皇帝ティートの慈悲』K621の中のロンド「花の鎹を編もうとして」の素晴しいバセットホルン(クラリネットの親戚)のソロは、シュタードラーのために書かれたものです。

 この曲は1789年9月29日に作曲され、同年12月22日にブルグ劇場で初演されました。モーツァルトはこの曲のことを、手紙の中で「シュタードラーの五重奏曲」と呼んでいます。クラリネットの独奏と弦楽四重奏が、単純にソロとその伴奏という形ではなく、また弦楽五重奏の中の一人がクラリネットになったというのでもなく、いわばクラリネット独奏と弦楽四重奏による「デュオ」ともいうべき緊密な結びつきを持っていることが特徴としてあげられます。

 懐かしく心に忍び込んでくるような、優しい弦楽器のテーマで曲が始り、全編にわたって、格調ある旋律と和声の陰影が魅力的です。

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